大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和60年(ワ)3041号 判決 1985年9月10日

原告

小林健二

被告

安倍基雄

主文

被告は原告に対し金五〇〇万円及びこれに対する昭和五八年一月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。この判決は仮に執行することができる。

事実

一  原告は、主文第一、第二項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。

1  原告は、弁護士であり、かねてから、訴外山商物産株式会社の依頼を受けて、東京都新宿区歌舞伎町一丁目所在の土地約二三〇〇坪とその地上の建物、すなわち、ゴールデン街と称する特殊飲食店、商店等の買収交渉、ことにその買主との売買契約のための折衝に携わり、昭和五七年一一月下旬ころから同五八年二月下旬ころまでの間は、右山商物産株式会社の代理人として、買手となる故中川一郎代議士の後援会グループの関係者と称する人物らと接触を重ねていた。

2(一)  その間の昭和五七年一二月下旬ころから、被告の衆議院議員選挙対策事務所の運動員であつた訴外佐藤洋裕及び同家山哲男(以下、それぞれ「佐藤」「家山」といい、両名を合わせて「佐藤ら」ともいう。)は、建物解体工事業者である訴外ハシバ工業株式会社(以下「ハシバ工業」という。)を原告に紹介し、ハシバ工業から建物解体、土地整地工事請負に関する契約証拠金を出させ、これを原告に受け取らせたうえで、不法に自己に領得しようと画策した。

(二)  佐藤らは、昭和五八年一月早々、買手と売買契約も成立していない段階では時期尚早であると主張する原告に対し、強引に右金員を預るよう迫り、同年一月一三日、原告を招いた席に、ハシバ工業の専務取締役山本金道ほか数名を同席させ、原告とハシバ工業との間に、前記土地建物についての解体整地工事請負の予約を締結させ、「右土地建物につき、買主との間に売買契約が成立せず、そのため請負工事金がハシバ工業へ支払われないときには、契約証拠金を返還する。」との条件で、右山本金道から契約証拠金一〇〇〇万円を出させ、これを原告に受取らせた。

(三)  次いで、佐藤らは、同日、原告に対し「右一〇〇〇万円の内五〇〇万円を自分に預らせてほしい。返還すべきときには必ず原告に返す。残りの五〇〇万円は、原告に預つてもらうことになるが、自分らがその選挙事務所に関係している被告が、今人間ドックに入つており、二、三日中に出て来るので、その支払にあてたい。被告が出て来れば、それから二、三日の内に返還する。そのために、被告振出の額面五〇〇万円の小切手を明日渡しておく。これを振込んでもらえば、必ず落ちるから。」と言葉巧みに申向けた。原告は、右の言葉を信じて、佐藤に右一〇〇〇万円を交付した。

(四)  佐藤らは、翌一月一四日、原告に対し、額面・五〇〇万円、振出人・被告、振出日・白地、支払人・株式会社三和銀行赤坂支店の各記載のある小切手一通を交付した。

(五)  原告は、右小切手を呈示しようとしたところ、これが交換に回つた同年一月二五日の午後三時前ころ、佐藤らが、被告の資金不足を被告から聞いて、あわてて原告に対し、右小切手の依頼返却を申し出て来た。

(六)  原告は、右申出に応じ依頼返却の手続をしたが、佐藤らは、その後、原告の要求にかかわらず、五〇〇万円の返還をせず、また、被告も、小切手の決済について何らの解決をしようとしなかつた。

(七)  また、他の五〇〇万円についても、原告が昭和五八年二月下旬ころから再三、佐藤らに返還を求めたが、返還を得られず、佐藤は、その後間もなく逃走し、所在をくらませている。

3  山商物産株式会社と中川代議士グループとの間には、昭和五八年二月下旬になつても、前記土地建物の売買契約は成立せず、そのころから、ハシバ工業は、原告に対し前記契約証拠金一〇〇〇万円の返還を求めてきた。原告は、佐藤らに請求したが、解決されないため、責任上、自己の出捐で、ハシバ工業に対し、右一〇〇〇万円の内六五〇万円を同年五月二〇日から同年六月二五日までの間六回に分割して支払い、なお三五〇万円が未払となつている。

4  佐藤らは、昭和五七年一二月ころ、原告と初対面の時から、被告を持上げ、事大に宣伝しており、原告は、当初から被告を信用していた(被告は、その後衆議院議員に当選した。)。原告は、そのうえ、佐藤らから、前記2(三)のように告げられ、次いで被告名義の小切手が渡されると、ますます被告を信用するようになり、そのため五〇〇万円の返還の確保に万全の手段を尽くす機会を逃がすこととなつた。

5  被告には、次のような過失がある。

(一)  被告は、佐藤、家山のような詐欺師を被告の選挙事務所の運動員として使用し、事務所に出入りさせ、外部との折衝をさせていた。

(二)  被告は、佐藤、家山に事務所の経理面を任せ、資金手当が決して潤沢でなく、五〇〇万円の小切手を振出しても数日の間には決済できないであろうことを知りながら、佐藤らに有価証券の振出を一任していた。

(三)  手形、小切手が決済されないことによつて、第三者に迷惑をかけるであろうことを予測すべきであり、予測できた。

6  原告は、被告の右のような過失によつて、五〇〇万円の損害を被つたものである。

7  よつて、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償として五〇〇万円及びこれに対する前記小切手の依頼返却の日である昭和五八年一月二五日以降民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告は、適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭しないが、陳述したものとみなすべき答弁書には、請求原因2の(一)ないし(六)の各事実を否認する趣旨の記載がある。

三  証拠関係<省略>

理由

弁論の全趣旨から真正に成立したものと認められる甲第七号証、右甲第七号証の記載と弁論の全趣旨から真正に成立したものと推認される甲第一号証の一ないし三、第二号証、第三号証の一ないし一六、第六号証の一ないし六、同様にして原本の存在・成立の推認される甲第四及び第五号証を総合すれば、請求原因事実を全て認めることができ、これに反する証拠はない。右事実によれば、原告の本訴請求は、理由があるから、これを認容し、民訴法八九条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官野田 宏)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例